会社で気になっている人がいる。
彼は、現在私のいる支店で困った案件をどうにかするために本社から呼び寄せられたやり手と噂の人で……
「よろしくお願いします」
はじめて見た時から、『いいな』と思った。
年は私より少し下みたいだけれども、鋭い目と比較的整った顔立ちが、私の好みだった。
社内の女子社員に大人気だった彼は、到底私の手の届かない人だと思ったのだけれど……
あまりに仕事一徹で、女子社員に冷たくて
次第に「本社から来た人間だから、支店の女子なんか馬鹿にしてるんだわ」と、女子社員は距離を置き始めた。
でも、私は知ってる。
たまたま残業して、苦手なエクセルで作業をしていたとき……
香ばしいコーヒーの香りに後ろを振り向くと、彼が給湯室で入れたコーヒーを片手にじっと私のパソコン画面を見ながら
「何しているんですか?」
クールに声をかけてきた。
悪戦苦闘具合を見られていたのかと恥ずかしくなったけれど、他に相談出来る相手もいなくて彼に質問した。
「これをこうしたいんだけど、時間かかっちゃって……」
彼はじっとパソコンの画面を見つめてしばし沈黙したあと、
「そもそも論ですが……なんで、こんなことしてるんです? だって、欲しいのはこういう形のものですよね?」
私がデスクに置いていた資料を指して彼が確認する。
「え……あ、そうなんだけど……だから私、今……」
「ピボットテーブル、知ってます?」
「ぴぼ……?」
知らないことを即座に察したのか、彼はコーヒーを置くと私の後ろから覆いかぶさるようにキーボードとマウスに手をかけた。
「見ててくださいね」
それから、一瞬のうちに私がやりたいことに近いことを一部やってのけて見せてしまった。
魔法使いかと思う。
「こんな感じでできます。詳しくは“ピボットテーブル”で検索かけて自分で勉強してください」
お礼を言う前に彼は、自分のコーヒーを手にしてさっさと自分のデスクへと歩いて行ってしまった。
それから、ピボットテーブルを勉強した私。
たまたま給湯室でインスタントコーヒーを入れている彼を見つけて、今がチャンス! と、後ろ姿の彼に声をかけた。
「あの。先日はありがとう! ピボットテーブル、ためになったよ!」
彼はちらりとこちらを見ると、またコーヒーに目を落として「あぁ……」とだけ答えた。
ここで負けたらほかの女子社員と同じになる。
緊張で喉が乾くのを感じながら、勇気を出して言ってみた。
「あの……よ、よかったらお礼に食事でも……」
彼はくるりとこちらを向いた。
入れ終えたインスタントコーヒーを手に、私を見て
「たいしたことじゃないんで、大丈夫です」
一言だけ答えて、私を通り過ぎて行った。
まるで、鉄の門があるみたいに弾かれてしまった……。