『元気?』
彼から、LINEが来た。
こちらから連絡をしても、既読スルーにしかならないのに
相手からの連絡はいつも突然で
それまでのことなど、まったくなかったかのように声がかかる。
今回は二か月も間が空いていた。
彼からの連絡は気まぐれ。
私は、遊ばれているの?
私のことなんだと思っているの?
だから、連絡なんて返さない。
何度も繰り返し思っていたのに、たった一言で揺れる私が居る。
――まるで、甘い香りに誘われて食虫植物にハマってしまう虫の様に――。
会社の近くにセルフのうどん屋さんがあって
そこで働いている彼を見るのが、無味無臭な私の日常のささやかな楽しみだった。
大学生だろうか?
それとも……社員さんなんだろうか?
その時私はかけうどんを頼んで
出てくるうどんと手元だけを見ていた。
ポンと近くに出された瞬間、つゆが少し零れて「嫌だな」と思った。
その時、
「あ。ごめんなさい」
と、はっきりとした、とても優しい声が聞こえて
顔を上げるとうどんを出した手の主である彼が、困った様に私に頭を下げて
うどんの器を丁寧に拭いて――
忙しいセルフうどんの流れ作業の中、丁寧にしてもらえたことが嬉しくて
「あ。大丈夫です」
うどんを受け取って自分のお盆に乗せると、彼はとても優しく微笑んで会釈をしてくれた。
そこから――
彼を見に、うどんを食べに行く自分が居る。
いつも、店内作業服の彼が居る。
「何になさいますか?」
と、時々決まった会話を交わす。
彼のことは何も知らない。
けれど、ただ見ているだけでなんだか胸がくすぐったかった。
彼を見るだけで、ちょっと嬉しくなった。
それだけで、良かったはずだった。
会社帰りに、彼らしき人と腕を組む女性を見かけるまでは――
会社の男子先輩と飲みに行った。
直属の先輩で、色々面倒を見てくれているし
お世話になっている先輩でもある。
「飲みに行くか」
誘ってくれたのは、私が今日大きな失敗をしたからだと察した。
気遣ってくれていい人だ。
そのくらいに思っていた。
友達に誘われて、コンパに来た。
でも、全然盛り上がらなくて。
なんだかすごくつまらなくて。
トイレで、そっと
ずっと気になっている彼に、メッセージを送った。
会社でちょっと気になる人が居る。
営業部の人で、営業事務とは違って総務の私はそれほど接点を持つことが出来ないのだけれど
少し話した時に
「感じのいい人だな」
と思った。
会社の飲み会で営業部の人も来ることになって。
初めて、彼と一緒に飲んだ。
飲みが進むとトイレの入れ替えから自然と各々に席替えをして……
彼が目の前に座った。
「総務部の……」
「あ、そう!」
私の事、覚えていたんだ。
少し他愛もない会話を交わして
「彼氏はいないの?」
ふと、彼から話を振られた。
「あの……今は、居なくて」
「じゃあ、立候補しちゃおうかな」
会社で気になる人が居る。
といっても、彼はとても人気者。
東京から赴任してきたばかりの、私と同い年。
私の直属の上司にもなる。
高学歴、イケメンの高スペックな彼がまさかの独身で。
狙わない女子社員は居ないんだろう。
「先輩、先輩。係長、渋くてカッコいいですよね!?」
10も年下の入社2年目、我が部署のアイドルまでもが目をギラギラと光らせていた。
「ああいう、年上の人ってなんか頼れるって感じじゃないですか? あ。でも、先輩は同い年くらいだから、あんまり頼れるって感じは無いんですか?」
悪意があるのか無いのか、キャピキャピ笑いながら話しかけてくる。
正直、イライラする。
「係長、これはこのやり方で統一されているんです」
イライラを、つい係長にぶつけてしまった。
ツンとした態度だったろうに、係長は頭をかいて笑った。
「え? そうなの? ゴメン。今までのやつを見て無かった。支店ごとに色々やり方があるよね? 気を付けますね。また間違ってたら教えてください」
そして、「ありがとう」と微笑んでくれて
無駄だと解っているけれど、その時から係長のことが気になって仕方がない。
そんなある日のお昼時に
「先輩、聞いてくださいよ!」
と、我が部署のアイドルが声を掛けてきた。
「係長すんごい優しいんですよ! 昨日、仕事の相談をしたら一緒に飲みに行くことになったんです~」
と、スマホを私に見せてくる。
酔っぱらった二人が体を寄せて一緒に写っている、写真。
正直、相談なんて大したものではなかったはずだ。
係長も係長だ。
何を楽しそうに飲んだくれているんだか。
バイト先で、好きな人がいる。
とても優しい、色々面倒を見てくれる社員の人。
ずっとずっと気になっていたのだけれど、なかなか自分から歩み寄れないし……
彼から時々話を振ってくれる雑談が嬉しくて……。
そんな中で、バイト仲間で花火に行くことになった。
当然、その社員さんも参加するという話で
嬉しくなってつい友達に話してしまった。
「えー。楽しそう。私も連れてってよ」
言ってから、しまったと思う。
「あ。でも、バイト先の仲間内だから……」
「いいって、いいって。そんなの私気にしないから」
私は気にするんだけど……
断れなくなってしまって、半ば強引に彼女も参加することになった花火大会だったのだけれど……
何故か友達が初対面であるはずの社員さんと急激に距離を詰めていた。
喫煙者は肩身が狭い想いをしなくてはならない時代になってきた。
会社には喫煙ルームが設けられ、そこに喫煙者が立ち寄って煙草を吸うシステムだ。
ただ。
迫害されるほどに、喫煙者同士の「仲間感」というのは逆に強くもなる。
上司が喫煙者だったことは、私にとっては有り難い。
上司が喫煙所に立ち寄るのを見ると、時々追いかけてさりげなく煙草を吸いに行く。
直接的にフロアでは話しにくいことが喫煙所では話せるのが都合がいい。
抱えている案件の相談も、さりげなく意見が聞けた。
今日も、そんな感じで話をしていたのだけれど
「お前、出世する気ある?」
煙草をふかしながら、上司がさりげなく質問をしてきた。
「いや、さ。今度のあるプロジェクトに誰を推すかって話になっていて、お前の仕事ぶりを見ていると俺はお前を推したいなと思っているんだけど……」
「ありがとうございます!」
と、言うと上司は口の中でモゴモゴと言った。
「ただなぁ……そうなると出張が多くもなるし、ひょっとしたら転勤も出てくるんだよ。お前がもし結婚をする予定があるっていうなら、俺としても推せないんだよね」
え?
会社で気になる人が居る。
直属ではないけれど、同じ部署の――先輩。
既婚者の、先輩。
いいなと思った瞬間、彼の指にはまった結婚指輪を見て、断念をした。
直属でないだけに、べったりと仕事でからむことはないけれど、困ったときは時々気遣ってくれるし
同じ部署の仲間内の飲み会では、参加するメンバーに常に入っている。
好きになってはいけない人。
この人は、好きになってはいけない人。
時折、彼への気持ちが頭をもたげるたびに呪文の様に繰り返してきた。
ある日
部署での打ち上げがあった。
居酒屋をおさえて、部長の挨拶から飲み会。
2時間が経過して、部長と副部長が帰ろうというところで
いつもの部署内飲み会メンバーが互いに目配せをしはじめる。
あ。
二次会があるんだな。
察しながら、
一次会はお開き。
と、荷物を持って出口にわらわらと向かう中。
ふと先輩が
「おい、ちょっと」
つき合って二年の彼氏が居る。
いや、厳密に言うと・・・三か月。
彼と初めてつき合ったのは二年前。
別れたのは半年前。
復縁したのが三か月前。
もう駄目だと思った。
喧嘩して、別れて・・・とても後悔をした。
復縁してみたら、やっぱり彼と私
彼とは2年ほどのつき合いになる。
会うのは、いつも居酒屋か直接ホテルか……
取引先の会社の担当者だった彼。
担当が変わったのをきっかけに、連絡先の交換をして――
大人の関係になるまでにそれほどの時間はかからなかった。
コンビニで買いこんだお酒を持ち込んで
ホテルで飲みながら、彼にスマホのサイトを見せた。
「ねぇ、ねぇ。ここのピザなんだけど、最近評判らしいんだ。食べてみたいと思っているんだよね」
「ふぅん」
と、彼は優しい声でスマホを覗き込むように私に顔を寄せる。
彼のいつもつけている香水の香りが鼻をくすぐって、なんだか安心する。
「いいねぇ。美味しそうだ」
「今度、食べに行こうかと思っているんだよね」
私が言うと、彼は目を細めて笑った。
「相変わらず、食べ歩きが好きだなぁ。色々知っているもんなぁ」
そんな会話を交わしたのは、木曜日の夜。
土曜日に、私はピザの店に赴いた。
予約が出来ないお店で、店に行くと列が出来ていた。
さすが人気店。
仕方ない。
一人で並んでいると、目の前に並んでいる女子大生らしき三人組が、楽しそうに話をしている。
「なんのピザにする?」
「え? これ意外と安くない?」
「店の中とか、結構可愛くない? インスタ映えしそうだし」
会話がかみ合っているのかかみ合っていないのか。
自由に発言している感じが面白かった。
私の後ろには男女のカップルが並んだ。
「このピザとこのピザが賞とったやつなんだよ」
と、彼女らしき女性。
「じゃ、一枚ずつ頼んで一緒に食べようか」
と、彼氏らしき男性。
いいなぁ。
一人じゃさすがに一枚しか食べられないよ……
いいや。
また、来よう。
ずいぶん並んで、ようやくピザにありつけた。
「おいしそう」
スマホで写真を撮影する。
「好きなんだ」
それは、もうかれこれどれほど前のことだっただろうか。
ぼんやりと考えて指折り数える。
一年、二年、三年、四年……
知り合った彼は、会社の取引先の人だった。
なんだかウマが合って、プライベートでもお互いに飲みに行った。
彼女が居ることは知っていたし、いいなとは思っていたけれど
仕事の延長と、友達の様に仲良くなれたらいいな、と。
そんな気持ちで、軽いバカ話をしながら盛り上がったり
仕事の話を真剣に話したり
好きな人がいる。
かれこれ、何年彼のことを想い続けているのだろう。
もう……5年……7年……8年?
声をかけてくれる男性がその間、いなかったわけではないけれど
応じてしまうと、彼のことを諦めなくてはならない気がして……
連絡先は、知っている。
連絡は、ほとんど返ってこない。
時々、彼の都合が良い時には彼の都合のついでに一緒に食事をとることができる。
でも、彼はいつも別のところを見ているみたい。
面と向かって告白をしたら
今の関係すら切れてしまう気がして……
家賃も払わずに
私の心の中に住み続けている――彼。
友達と遊びに出かけた。
近くにある、最近話題の地元のインスタスポット。
インスタグラム……若者を中心に流行している、写真メインのSNSだ。
インスタグラムに掲載するのに人気のスポットを「インスタスポット」なんて呼んだりする。
地元の小さな場所だけれど、いんすたスポット。
何本もあるひまわりをバックにかわいい写真を撮影するのが、周りで流行している。
行こうと言いだしたのは、私。
電車を乗り継いで行く中で友達は「美味しそうな飲食店が近くに無い」だの、なんだか不満を言いはじめる。
目的地のインスタスポットで、他の人たちがどんな写真をあげているのかをチェックする。
私はどんなポージングで撮影しようか。
「ねぇ、ねぇ。この定食屋美味しそうだよ。私の嗅覚がそう言っている」
そんなことを言って移動中に見せてきた友達。
けしてオシャレとは言えない定食屋で、スポットの最寄りの駅みたいで……
「えぇ?……」
オシャレじゃない。
私の反応を見て、友達はイラっとした表情を見せる。
「なによ。スポット付き合うんだから、こっちにもつきあってよね」
渋々、しょっぱい定食屋の夕飯が決まる。
写真スポットに到着すると、
ちょこっと向日葵があるだけの、他に特に何もない景色。
うまく切り取り撮影をすると素敵に見えるのだろうけれども、なんだか寂れた場所だった。
ここなの?
と言いたげな友達に被せるように、私はひまわりに囲まれてポージングをとった。
会社で飲み会があった。
とても優しくて、面倒みもよくて、頼りがいのある直属の先輩。
既婚者の先輩。
素敵だとは思っていたけれど、既婚者だからとかかっていたブレーキ。
会社の飲み会の後、酔っていた私は二次会に先輩を誘った。
二人きりの二次会で語ったのは
課長の方針。
仕事のやり方。
仕事に対するスタンス。
そして、エクセルの小技。
途中から記憶が飛び飛びで、
お互い泥酔状態になりながらも家まで送ってくれた先輩を、
部屋に上げた。
スッキリしない朝の目覚め。
なんだか良い感じになった人がいた。
それまでは連絡も結構頻繁で
私からメッセージをしたり
向こうからメッセージをしたり
なかなかタイミングが合わなくて、会う回数こそ多くはなかったけれど
それでも、結構マメに連絡をとりあっていたつもりだった。
私たち、どういう関係?
私たち……恋人? それとも……
確約がないまま
確認もとれないまま
何度か肌を重ねた。
きっかけは、私からしたら些細なものだった。
何てことのない言い合いだった。
「もう、いいよ連絡しないから!」
曖昧な関係性にもなんだか嫌気がさして、つい言ってしまった言葉。
「俺もしないから。じゃあね」
そんなこと、一週間も続かないと思っていたのに……
ずっと好きな人がいる。
彼との出会いは、コンパだった。
人数合わせで呼ばれたと言っていた。
仕事が忙しくて、遅れてやってきた彼は、なんだか一際輝いて見えた。
連絡先の交換をできた自分はよくやったと思う。
連絡をしても、既読がつくのが遅い。
既読がついても、スルーになることも多い。
返ってくるのは短文。
『ごめん。今、仕事がたてこんでいて』
それでも、連絡を返してくれることに期待感があった。
月に一度程度、彼と飲みにいくことができる。
もちろん、私から誘って、予定を併せて
ギリギリにキャンセルになることも多いけれど、めげずに誘って
会えることが、最初は嬉しかった。
やっぱり、私はこの人が好きなんだと思ったのだけれど……
「今、仕事が新しいプロジェクトの立ち上げになっていてね。もうぐちゃぐちゃなんだよ」
飲みに行くと、今の彼の仕事状況をただ聞いた。
月に一度の飲み。
それも、さっくりと二時間程度で「じゃあ」と帰ることになる。
進展の気配がないまま、もう半年以上が経過していた。
一緒に過ごしているものの、彼はずっとあさっての方向を見ているような気がする。
はじまったのは、もう一年も前のこと。
彼のことは好き。
親には到底話せない、恋。
友達には止められている、恋。
土日は連絡出来ない、彼。
会うのはいつも夜だけ……。
彼と初めての少し足を伸ばしたデートに出かけた。
いつもは、居酒屋で話すとか、お互いの日用品の買い物に付き合うだとか
そんなデートしかしたことが無くて。
初めてのデートらしいデート。
それがとても嬉しかったのだけれど……
「あ、ねぇ。あれ何だろう?」
声をかけてみたけれど、返答はなし。
隣を見ると、聞こえていない様子でただずっと前を見て眠そうに歩いている。
確か、昨日仕事が遅くなったからって眠いとは言っていたけれど……
なんだか話しかけることが出来なくなって、せっかく二人で歩いているのに無言になってしまう。
大きな公園の階段にさしかかったところで、どんどんと先に歩いて行ってしまう彼に気がついた。
会社でとても気になっている人が居る。
転勤してきた彼が、とても好みでとても気になって。
同じ部署になって、席配置が変わって、隣の席になった。
右隣の先輩が直属の先輩になるし、左隣の彼とは直接の業務のやりとりは無いんだけど
先輩が席を外している時を見計らって
「ねぇ、ねぇ。このワードが勝手に文字寄せされちゃうんだけど、これってどうしたらいいの?」
知っていることだけれども、ちょっと質問をしてみた。
「あぁ」
彼が言ったのはそれだけ。
隣から手を伸ばして、さっと直してしまった。
「ねぇ、ねぇ。なんか、パソコンがかな入力になっちゃったんだけど、直し方知ってる?」
懲りずにまた質問をしてみたけれど
「あぁ」
また、それだけ。
そして、片手を伸ばしてすっと直してしまった。
一生懸命声をかけているのに
レスポンスが薄い。
初めての彼氏が出来た。
先のことなんて分からないから、ずっと親には黙っていたけれど
つい母親に話したところ
「連れてきていらっしゃい」
仕方なく彼氏に話をして、文句を言う彼に頼み込んで母親に会ってもらったのだけれど……
彼氏から最近連絡があまり無い。
つき合う前や、つき合ったばかりの頃は、彼から頻繁に連絡があったのに……
気がついたら、彼から連絡をくれることはほとんどなくなった。
3日前のメッセージも、私から打ったものに遅れて返事が届くだけ。
「なんで連絡くれないの?」
そんな質問をすると、彼は面倒くさそうに
「今、忙しいんだよ。それだけ」
と、答えた。
どんなに忙しくても、メッセージ一本打つ時間も割けないなんてことないはずなのに。
今日も一日待っていたけど……結局、彼からメッセージは来ない。
同棲している彼氏とそろそろ一年が経過する。
親にはまだ、会わせていない。
一人暮らしをするという話で家を出てきて、適当にはぐらかしている。
だって、彼とは
秘密の関係だから……
彼には、奥さんと子供が居る。
同棲をはじめる時に彼は「妻とは離婚する」と、家を出てきた。
それが、離婚しないまま……ズルズルと一年が経過している。
私に隠れて、こっそり奥さんやお子さんに会いに行っているのもこの間知った。
つき合って三ヶ月の彼氏が居る。
けれど、気になっていることが一つ……
彼氏が元カノと連絡をまだとっていること。
「私は嫌だから、元カノとは連絡取らないで」
長い話し合いの末、「わかったよ」と彼が言った。
長い話し合いで彼は納得したと思っていた。
それが……
ある日。
彼のTwitterを見ていたら……
飲み会の写真をUPしているものを見かけた。
『仲良しの仲間と飲み会! 楽しかった!』
そんなコメントと共にUPされている写真。
私、そんな話、一切聞いていなかった。
けど、それ以上に……
写真のはしに見つけた、
元カノの存在
犬を飼っている。
一人暮らしが寂しくて
「生き物飼っちゃいけないんだよ。彼氏できなくなるよ」
って言われたんだけれども、我慢できなくて。
会社の家の往復だけではなんだか辛くて
つい、犬を飼った。
お陰様で残業はあんまりない仕事だし、
少し早く起きて、近くの公園まで行って帰ってくるのが、朝の日課。
いつの頃からだろうか……
公園付近で、見かける……同じように犬を連れた年の若い男の子がなんだか気になりはじめた。
1年つきあっている彼が居る。
私もいい年だし、彼と結婚をするのかと思っていたのだけれど
一向にその気配がない。
あるとき、勇気を出して匂わせてみたところ
「年齢的には考えていかないといけないよね」
考えるきっかけにはなったのかとホッとはしたものの
そこから特に彼からの言葉はない。
思えば、「好き」という言葉もここ最近はほとんど聞いていない気がする。
『今日はね? 会社で飲み会なんだ。明日土曜だし、終わったら家に泊まりに行っていい? そんな遅くはならないと思うんだ』
連絡が入って、彼がいつくるだろうとわくわくしながら用意をして……
なのに深夜を回っても一向に連絡がなくて……
電話をかけてみたけれど、出る気配もなくて……
何かあったんじゃないかと寝られない夜を過ごして
つきあって一年になろうかという彼と、一緒に過ごしていたときだった。
彼のスマホが鳴って、彼が電話に出る。
スマホの向こうから、微かに女性の声が聞き取れた。
彼がこちらを見ることは無かったけれど、明らかにこちらを意識したのは見て取れた。
彼は少し席を外しながら電話を続ける。
「あ、うん。うん。そうだね、うん。今? 今、彼女と居る。……うん」
私の事を「彼女」と言ったことに少し安心をしたものの、
女の勘というやつだろうか。
なんだか不穏な空気を感じる。
変な風に不気味に揺れる木々のように、私の胸がどこかざわざわと揺れた。
同棲をしている彼氏が居る。
彼が過ごしやすいように、いろんなことをしてきたつもりだ。
食事には徹底的に気を使った。
ジャンクフードは却下。
温野菜多め。
お腹にたまる、カロリー低めの栄養素の高いものを。
手抜きはしない。
SNSというのは、便利のような
不便のような……
ずっと好きな人が居る。
なかなか連絡もとれなくて、SNSで繋がるのがやっとで
流れてくるタイムラインで彼の現状を知るだけ。
今日は仕事で出張なのか。
今日は美味しそうなもの食べたんだね。
ただ、見ているだけ。
それでも、彼の状態が解るからこそ……
彼から離れられないのかもしれない。
微妙な彼が居る。
付き合っているのかと言われると、そういった口約束はまだ無い。
彼とは平日の夜に時々飲みに出かける。
彼との待ち合わせ。
彼を待ちながら、ぼんやりと暇つぶしにスマホでサイトを閲覧していた。
付き合っている彼氏が居る。
彼にとっては他愛もないことだと思う。
それは会社でひどく悩んでいた時だった。
たまたま愚痴と相談と入り混じった話をしていた時に言われた一言。
「あのさ? 俺は笑ってる君が好きなんだ」
以降、彼にはなんの話も出来なくなった。
転勤してきた彼が私の直属の先輩となった。
五つほど年上の人で、彼と二人で一つの仕事を回していく二人三脚のような仕事をここ一年ほどしている。
最初はクールで話しにくい人だと思った。
けれど、仕事は早いし、指示も割と的確で
ぬるい優しさはないものの、業務は正直回しやすい。
「スタイリッシュな仕事の仕方」とはこういうことを言うんじゃないか、と思う。
一年一緒に仕事をしているのに、雑談をしたことはほとんどない。
出身地は東京だということと、
こちらに来る前は大阪支店に居たというくらいで
ある意味ではほとんど彼のことを知らない。
最初は冷たい人だと思っていたけれど、だんだん気になってきて……
残業時間に二人きりになったことをいいことに、勇気を出して雑談を切り出してみた。
会社で飲み会があった。
仕事区切りの打ち上げということで、同じ部署の業務関連者が集まって飲み会となった。
ぶちあけて、とても楽しみだった。
ずっと気になっていた彼と、近づけるチャンスかもしれないと思った。
とはいえ。
一軒目の居酒屋で、重要な席取りに失敗して彼の近くに座れなかった。
彼とはほとんど話せないまま……
これで終わらせちゃダメだ!
一次会終了後、店を出るタイミングは自分としては満点だった。
早めに店を出た彼の横に行くことが出来た。
会社のお昼時間に、他の先輩から教えてもらったお弁当屋さんに買いに出かけることにした。
安くて美味しい。
ということで、近くにある公園を横切って、ある人が目に付いた。
営業なんだろうか?
それとも、近くの会社の人なんだろうか?
公園のベンチで、のんびりとどこかで買ったお弁当を食べている男性会社員。
最初は「ふぅん」という程度だった。
教えてもらったお弁当屋さんのお弁当が気に入って、それから次の日も公園を横切って買いに行く。
また、その日も同じベンチに座っている彼。
仕事で取引先へ足を運んだ。
担当してくれる社員の男性は、とても気さくで感じの良い方で。
とっても気さくで話しやすくて。
素敵な人だとは思っていた。
左手の薬指に光る指輪を見て、結婚をされていることは知っていた。
彼はどんな風に女性を口説くのかしら?
彼とデートしたらどんな風なのかしら?
そんな妄想を一度もしなかったと言われたら、嘘になる。
素敵だと思っていたけれど、それだけ。
それが……
母方の祖父三回忌があって、親戚が集まることとなった。
就職してから一人暮らしがはじまった私のところにも、母から「おじいちゃんの三回忌だけど、あなた来られる?」とメールが一本入った。
祖父母の家は、隣の県の少しばかり山に入ったところで、のんびりとした景色が広がっている。
親戚が集まるたびに使われる、畳の部屋に入ると「来たんだなぁ」なんて気分になる。
つきあって半年の彼がいる。
彼は合コンで知り合った少し年上の人だった。
何を思ったのか凄いプッシュをされて……
最初は戸惑いもあったのだけれど、ちょうど彼氏がいない時期が続いていたし
彼氏が欲しいのもあったし
押されて、押されて……つき合った彼だった。
「女はさぁ? 想われているのが幸せなんだって」
女友達の言葉に押されたのもあって、「そうだよね」なんて。
目立った問題はないと思う。
喧嘩もまだしたことがないし、いい人なんだと思うけれど……
彼とデート。
会社の上司が素敵だなと思っていた。
一回りほど離れているけれど、お洒落で、少し渋くて
優しくて
本当に、素敵だなぁと……思っていた。
結婚されていることも知っているし、中学生になるお子さんが居ることも知っている。
なんだかんだ、ご家族とも仲良くされていることも聞いていて
そんなところも、「素敵だなぁ」なんて思っていた。
会社の飲み会があって、居酒屋で盛り上がって。
店を出てみんなが帰ろうというときに、上司の彼がこそりと私に声をかけてきた。
「ちょっとバーでも行くか?」
こっそり声をかけられた特別感がなんだか嬉しくて二つ返事で「行きます♪」と答えた。
連れられたのは、照明も暗いおしゃれなバーで。
ずっと会社で気になっている人がいる。
少し年下で、営業職の彼はお洒落でやり手。
私の仕事は営業事務という形で、彼も含めて営業の方たちをサポートする形となる。
彼のサポートはとてもやりやすい。
レスポンスも早いし
対応もとても丁寧。
ある日、ふと彼のスケジュールの確認を帰宅後思い出した。
明日の朝、会社で伝えても間に合うんだけど……
知っているのは彼の会社から支給された連絡先。
いつも会社の電話と会社のパソコンで電話やメールをするのだけれど
自分の個人携帯にも登録してある。
使うことは無いと思っていたけれど、私の連絡先を教えることが出来るし……
自分の携帯からメールを打った。
会社に知られても、おかしくない文章を考えて……
彼からお礼のメールが返ってくるかと待ち望んだけれど……
会社のパソコンからやり取りをすると、いつも即座に了解メールが飛んでくるから
返ってくると思っていたのだけれど……
返信はなかった。
翌日も会社で声をかけてくる素振りが無かったから……ひょっとして届いていなかったのかもしれないと不安を感じて
「あの……昨日メール打ったんだけど……」
すると、彼は笑顔で答えてくれた。
「ああ、届いてた。さっきメールの通りちゃんと確認しておきました。ありがとうございます」
届いていたんだ……
彼はそれから笑顔のまま続けた。
「仕事終わって時間外だったから……緊急以外は返信しない主義なんです。そうしないと、ずっと仕事続いちゃうんで」
へ、閉店がらがら!?
休みの日にぼんやりと……やることもなくなって……
仕方なくスマホを触っていた。
ゲームにも飽きて
漫画アプリも読み飽きて
撮影した写真をなんとなくぼんやりと眺めていたら……
好きだった人と、ドライブに出かけた時の写真が出てきた。
会社で気になっている人がいる。
彼は、現在私のいる支店で困った案件をどうにかするために本社から呼び寄せられたやり手と噂の人で……
「よろしくお願いします」
はじめて見た時から、『いいな』と思った。
年は私より少し下みたいだけれども、鋭い目と比較的整った顔立ちが、私の好みだった。
社内の女子社員に大人気だった彼は、到底私の手の届かない人だと思ったのだけれど……
あまりに仕事一徹で、女子社員に冷たくて
次第に「本社から来た人間だから、支店の女子なんか馬鹿にしてるんだわ」と、女子社員は距離を置き始めた。
でも、私は知ってる。
たまたま残業して、苦手なエクセルで作業をしていたとき……
香ばしいコーヒーの香りに後ろを振り向くと、彼が給湯室で入れたコーヒーを片手にじっと私のパソコン画面を見ながら
「何しているんですか?」
クールに声をかけてきた。
悪戦苦闘具合を見られていたのかと恥ずかしくなったけれど、他に相談出来る相手もいなくて彼に質問した。
「これをこうしたいんだけど、時間かかっちゃって……」
彼はじっとパソコンの画面を見つめてしばし沈黙したあと、
「そもそも論ですが……なんで、こんなことしてるんです? だって、欲しいのはこういう形のものですよね?」
私がデスクに置いていた資料を指して彼が確認する。
「え……あ、そうなんだけど……だから私、今……」
「ピボットテーブル、知ってます?」
「ぴぼ……?」
知らないことを即座に察したのか、彼はコーヒーを置くと私の後ろから覆いかぶさるようにキーボードとマウスに手をかけた。
「見ててくださいね」
それから、一瞬のうちに私がやりたいことに近いことを一部やってのけて見せてしまった。
魔法使いかと思う。
「こんな感じでできます。詳しくは“ピボットテーブル”で検索かけて自分で勉強してください」
お礼を言う前に彼は、自分のコーヒーを手にしてさっさと自分のデスクへと歩いて行ってしまった。
それから、ピボットテーブルを勉強した私。
たまたま給湯室でインスタントコーヒーを入れている彼を見つけて、今がチャンス! と、後ろ姿の彼に声をかけた。
「あの。先日はありがとう! ピボットテーブル、ためになったよ!」
彼はちらりとこちらを見ると、またコーヒーに目を落として「あぁ……」とだけ答えた。
ここで負けたらほかの女子社員と同じになる。
緊張で喉が乾くのを感じながら、勇気を出して言ってみた。
「あの……よ、よかったらお礼に食事でも……」
彼はくるりとこちらを向いた。
入れ終えたインスタントコーヒーを手に、私を見て
「たいしたことじゃないんで、大丈夫です」
一言だけ答えて、私を通り過ぎて行った。
まるで、鉄の門があるみたいに弾かれてしまった……。
つきあって二ヶ月の彼がいる。
彼と泊まった日の夜、寒波が来て雪が降った。
外に積もる雪を窓から眺めて、外に出る頃には随分と溶けてきていた。
雪が降った翌日は、空気が綺麗な気がする。
「なんか、いいねぇ」
雪でテンションが上がって彼に声をかけた。
彼は両手をポケットに突っ込んで「寒い」とだけ呟いた。
裏道に差し掛かったマンションの入口に、つららを見つけた。
最近、ようやく彼氏が出来た。
バイト先で私をずっと見ていてくれたとかで……最初は戸惑ったけれど、
とても優しい紳士な彼に心を打たれてつき合うことになったのだけれど……
彼と何度かデートを重ねるうちに、ちょっとした違和感を感じるようになった。
いい人だと思う。
優しいとも思う。
けれど、彼の部屋に行った時に……
彼の部屋にある、彼の部屋に飾られたそれぞれが……
彼との関係は、半年ほど前からはじまった。
一年ほど前に、私が居る支店に単身赴任で転勤してきた。
十近く年の離れた彼だったけれど、直属であるということと、大学が同じだということで親近感も手伝い
何かと支店で解らないことは質問をされ、答えているうちに親密になって……
気がついたら、関係がはじまっていた。
子供ももう下の子が中学生にあがったとかで、
「毎週帰っても面倒がられるんだ」
という彼は、月に一度から二度、家に帰るだけで……
会社の寮ではなく借り上げ社宅ということもあって、土日だというのに彼との日程さえ合えば
彼の単身赴任先の家で
一人掛けのソファに腰掛けて、ぼんやりとテレビを見ることが出来る。
会社で気になっている少し上の先輩がいる。
直属の先輩で、とても親切にしてくれて……
片想いをはじめて、かれこれ3年。
なかなか近づくことが出来ないまま、月日が流れて……
先輩に彼女が居ることは知っている。
知っているけれど、だからって諦められたら苦労なんてしないわけで。
大好きな先輩と、見たこともない先輩の彼女と……それは、勝手に私が参加しているだけの構図なんだけど
勝手にそう思っていたのに……
入ってきたばかりの新人の女の子が、やけに要領がよくて。
直属でもなんでもないのに、なんだかやたらと先輩に話しかけていて……
先輩もまんざらでもなさそうで……
私と、先輩と、先輩の彼女……その中に、急に割り込んできた新人の女子社員。
先日の部署の飲み会で、彼女は先輩の隣に陣取って楽しそうに話し込んでいた。
適当にビールで口を湿らせながら、二人の会話が気になって。
「マニキュア、可愛いね。俺、あんまり詳しくないから解らないけど、ナチュラルな色っていいもんだね」
「えー。先輩の彼女はマニキュアとかしないんですかぁ?」
「あー。見たことない気がするなぁ……」
「そうなんだぁ」
そんな会話が聞こえて……
私は、そんな風に先輩に褒められたことなんてなくて。
――つい、休みの日に買ってしまったマニキュア。
事あるごとに、彼のことを思い出すの。
SNSでは繋がっているけれど、今は直接連絡をやり取りすることもない相手……
あの時のことは、全て幻だったのかしら、なんて。
あんなに、あの時は頻繁に連絡をくれたのに、ね。
もう、私のことなんて忘れたんじゃないか……
そう思うし、私も早く次へ行かなくちゃなんて思うのだけれど……
彼のことを思い出すと、つい、スマホを見てしまう。
付き合っている彼氏がいる
付き合いはまだ浅いとは言え、いい年だし
「結婚したいと思っているし、そうでなくちゃつき合わないよね」
なんて最初の頃に言われていたから
もちろん私はその気まんまんなんだけど……
なかなか先に進んでいる気配がなくて。
どうなのかなぁ?
なんて女の私から言いたくないし。
天に流れを訊くつもりで、神社でおみくじを引いてみた。
「君のこと、大切にしているんだ」
と、彼は言う。
「愛してるよ」
と、彼は言う。
けれど、連絡は常に彼の都合。
会うときも、全て
彼の都合。
仕事だから
忙しいから
今、結構辛い時だから
「君といると癒される」
と、彼は言う。
「大好きだよ」
と、彼は言う。
けれど……
ずっと彼に振り回されている気がして……
言葉だけな気がしてきて……
「君との先のことも、ちゃんと考えているから」
と、彼は言う。
まるで蜘蛛の巣にかかったみたいに、甘い糸が私に絡む。
同棲していた彼が居た。
このまま結婚するんだろうと思っていたのに……
「俺、他に気になる子が出来たから」
つきあって5年目の衝撃。
元々、一人暮らしをしていた私の家に転がり込んできた彼だったから……
さくさくと荷物をまとめて出て行った半年ほど前。
友達には
「良かったんだよ。先は見えなかったし、それにちょっとダメンズ入ってたじゃん」
なんて言われて
そうだよね。
なんて答えたけれど……
まだ
捨てられない彼の歯ブラシ。
お正月には、彼は地元に帰ってくると思っていた。
仕事は忙しいって言っていたから……
普段メールを打てなかったけれど……
「メリークリスマス」
「あけまして、おめでとう。
昨年はなかなか会えなかったけれど、今年は会えるといいなぁ。
追伸:今日はすき焼きでした(写真)」
冬は、空気が澄んでいるからなのか……
夜景が綺麗に見える。
そのせいなのか……
イルミネーションが多い気がして……
冬のイルミネーションは、嫌いだ。
イベントが多い時期。
家族と過ごすことも多い時期。
だから、彼には会えない時期……
一人で見るイルミネーションは
「あいつ、結婚決まったよ」
男友達の話で、めまいを感じた。
「え? 聞いてないの?」
仲良くしてたんじゃないの?
と、重ねて言われる。
仲良くしていたつもりだ。
微妙な関係でもあったと思う。
ここ最近彼女が出来たことは知っていた。
前の彼女のことも知っているし、また距離を置く時期が来たのかと思った。
彼のことは気になる存在ではあったし……
微妙に気のある素振りをしてきたことがあったのは、なんだったんだと……
結婚が決まったというのに連絡一つよこしもしないのか、と……
仕事が終わって、「お疲れ様」と声をかけて帰宅の用意をする。
今日は定時で帰ると決めていた。
絶対に定時に帰ると決めていた。
だから、事前に準備もしたし、誰にも声をかけられないように手早く会社を出た。
会社を定時に上がれば、スーパーに寄れる。
ワインを買って、チーズを買って、サラダを買った。
ワンルームマンションに帰ると、即座にテレビをつけた。
音が無い部屋は寂しい。
それから、ワイングラスを出して、サラダとチーズを並べて、セッティングを終えて
録画しておいた気になっていた映画をつけた。
オープニングがはじまると、ワインをグラスに注ぐ。
帰宅すると、家の中は既に電気が消えていた。
『今日は会社の人と飲んで遅くなるから』
そう言ってあったから、主人は夕飯もどこかで済ませて今は寝室で寝ているのだろうと思う。
キッチンに立ち寄って、水を一杯飲んだ。
主人に不満はない。
真面目な人だし
私のこともそれなりに大切にしてくれているし
こうやって遅くなっても、連絡さえ入れておけば問題なく受け入れてくれる。
私を気遣って保温状態のまま置かれているお風呂に入って
寝室に入ると、気持ちよく寝ている主人の寝顔。
いびきと寝息の中間の様な一定したリズムの音が聞こえる。
主人に不満はない。
けれど、トキメキもない。
主人の寝顔の隣で、スマホを取り出して、SNSのメッセンジャーを開いた。
今日一緒に時間を過ごした少し年上の会社の先輩にメッセージを送る。
『今日はありがとうございます。次の打ち合わせはいつぐらいを想定されていますか?』
奥さんに見られても怪しまれないように、仕事のような表現のメッセージを送る。
送ってから、メッセージのやりとりの履歴を消した。
既婚者の彼との関係がはじまったのは二ヶ月ほど前。
お互いに、言葉もなくはじまってしまった関係……
まだ、「好き」と言われたことはない。
「好きだ」と言われたことが無いから、私も言わないでいる。
主人の一定したリズムの寝息を聞きながら、私はスマートフォンを充電器に刺した。
ベッドに滑り込む前に、もう一度主人を見た。
想う人がいる。
初めて会った時から、興味を持った人だった。
急接近したのはほんの一時。
相手にされないかもしれないともどこか思っていた自分が、近づけたことに心が踊った。
彼の事が知りたかった。
だから、メッセージをたくさん打った。
彼も楽しげに返してくれていた……はずだったのに。
ちょっとした食い違い。
彼からのメッセージの文体が大きく変化したのは、感じ取った。
こちらから追いかけるのは……
別に男は彼だけじゃあないんだし……
そう思っても、どこか彼の事が気にかかる。
最後のメッセージやりとり画面を何度眺めたことだろう。
会社と家の行き帰り。
なかなか出会いなんて無いし……社交的な職場でもない。
なかなか異性とめぐり逢わない……
そんな無味無臭な生活を送っていた矢先、出会った人がいたのはいいんだけれど……
連絡先は交換した。
忙しい人だというのも、ある程度は知っている。
メッセージを打てば、忙しいなりに彼なりのタイミングで返してくれている気は、しなくもない。
けれど……
上っ面な返信が多い気がする。
「僕? あ、営業なんだよね」
笑顔で答えられた、そんな言葉が頭をよぎる。
私のメッセージに返信をくれるのは
あなたの本心ですか?
それとも、あなたの職業病的なソレですか?
メールやメッセージはとても便利なものですね。
相手の時間をそこまで気にすることがなく送ることが出来る便利なツールです。
とはいえ……相手の表情、声のトーンがまったく読めないこと。
そして……即座なレスポンスが確約されないツールでもあります。
連絡をしようと思えば、連絡が出来なくはないのだけれど……
連絡先は知っている彼。
メッセージを送った最後は自分から。
返信待ちの、尻切れなやりとり。