久々に居酒屋に立ち寄った。
会社と家と、日用品の買い出しというルーティンの中で
時々新しい風を入れるように
気分を変えるために立ち寄る、居酒屋。
チェーン店で店員は話しかけてこないし、カウンターがあるから1人でも気楽に飲める。
この日は初めて、見知らぬ男性客と盛り上がった。
何の気なしに話しかけられて
なんとなく空気感もよくて、会話に乗って。
盛り上がった。
「次、別の店行こうよ! 俺のオススメがある」
二人でフラフラと外に出る。
会社の状況が変わって、リモート作業が多くなった。
飲み会はなかなか開催されなくなって。
月に一度はみんなと一緒に会えていた
あの人とも会えなくなって――
ふと、突然訪れる孤独感。
『今年は、実家に帰らないから』
と、年末母にメールを打っていた。
結婚、結婚とせかされて
そんな時期も過ぎて、むしろ諦められて・・・
妹が子供を連れて帰るだろう孫中心の実家には、私の居場所が無い。
実家に帰らないつもりでいたので、年末年始に一人で旅行をするつもりで
貯金をはたいて中古で軽キャンピングカーを買った。
お風呂屋さんでお風呂に入って、飲食店で食事を済ませて、車中泊。
キャンプ初心者の私の第一歩。
寝袋と念のために毛布を積んで、車を走らせた。
気楽な一人旅。
帰省ラッシュに重ならないように出発して、
少し車を走らせると、のんびりとした景色が広がる。
高速を降りて気ままに車を更に走らせて、適当に車を停めて散策をしてみる。
綺麗な川を見つけて、ぼんやりと眺める。
彼とは、つき合ってようやく一年になりそうだ。
彼はとても忙しい人。
彼氏もいなかった私が、「年齢も年齢だし」と私以上に私の代わりに焦ってくれる友人に勧められて勢いで登録した婚活サイトで知り合った、彼。
「僕は、忙しいから。そういうことを解ってくれる人がいい」
最初は、別段気にならなかった。
彼とつき合ってからの初めての元旦。
彼は仕事。
県外の地元にも帰るとかで、会社が休みにさしかかる年末から会っていない。
『ごめんね。今日は戻るんだけど客先の社長に呼ばれていて……』
なんだかんだと、会う予定はキャンセル。
彼と一緒に行きたかった初詣は、結局会社がはじまった6日に一人で行くことになった。
『今週末には会えるから! 本当にごめん』
連絡は、割とマメに来る。
マメにも、返してくれる。
だけど……
会社が終わった後の夕方、一人で地元の神社へ初詣に訪れる。
元旦、三が日はこんな地元の小さな神社でも、屋台がいくつか並ぶのに……
人なんか来ない閑散とした神社。
冷たい風が吹いて、木々が揺れて
『元気?』
彼から、LINEが来た。
こちらから連絡をしても、既読スルーにしかならないのに
相手からの連絡はいつも突然で
それまでのことなど、まったくなかったかのように声がかかる。
今回は二か月も間が空いていた。
彼からの連絡は気まぐれ。
私は、遊ばれているの?
私のことなんだと思っているの?
だから、連絡なんて返さない。
何度も繰り返し思っていたのに、たった一言で揺れる私が居る。
――まるで、甘い香りに誘われて食虫植物にハマってしまう虫の様に――。
結婚して半年がたつ。
「結婚して半年じゃ、まだ新婚ほやほやね。ラブラブでしょう?」
と、言われる。
「そんな、若い夫婦じゃあないから落ち着いたもんだよ」
と、答える。
夫との会話はほとんどない。
夫の仕事が忙しくて
朝ごはんは食べない派。
夕飯は会社で食べる派。
家に帰宅すると、
屍のように寝ているか
持ち帰った仕事をパソコンでこなしている。
出張も多くて、家に居ることもあまりない。
なんとなく、想像はしていたけれど
これほどまでに会話が無くて
一緒に過ごす時間が無いとは
思っていた以上に、「なんのために結婚をしたんだろう」と思う自分が居ることに気が付いて――
『元気?』
つい。
5年も前に別れた元カレにメッセンジャーを送ってしまった。
会社の近くにセルフのうどん屋さんがあって
そこで働いている彼を見るのが、無味無臭な私の日常のささやかな楽しみだった。
大学生だろうか?
それとも……社員さんなんだろうか?
その時私はかけうどんを頼んで
出てくるうどんと手元だけを見ていた。
ポンと近くに出された瞬間、つゆが少し零れて「嫌だな」と思った。
その時、
「あ。ごめんなさい」
と、はっきりとした、とても優しい声が聞こえて
顔を上げるとうどんを出した手の主である彼が、困った様に私に頭を下げて
うどんの器を丁寧に拭いて――
忙しいセルフうどんの流れ作業の中、丁寧にしてもらえたことが嬉しくて
「あ。大丈夫です」
うどんを受け取って自分のお盆に乗せると、彼はとても優しく微笑んで会釈をしてくれた。
そこから――
彼を見に、うどんを食べに行く自分が居る。
いつも、店内作業服の彼が居る。
「何になさいますか?」
と、時々決まった会話を交わす。
彼のことは何も知らない。
けれど、ただ見ているだけでなんだか胸がくすぐったかった。
彼を見るだけで、ちょっと嬉しくなった。
それだけで、良かったはずだった。
会社帰りに、彼らしき人と腕を組む女性を見かけるまでは――
つき合って3か月の彼氏が居る。
ようやくできた彼氏。
私も、彼もいい年で。
結婚も間近に見据えたつき合いだからこそ、チェックが厳しくなっているのか解らないけれど……
悪い人ではないと思う。
告白をされたのは彼から。
最近メールをするのは常に私から。
デートの場所は彼の行きたいところ。
私の行きたいところにはお願いすればつき合ってくれるけれど……
7つ上の男の先輩と二人のプロジェクトを手掛けることになって。
先輩とは毎日遅くまで残業をして、
ずっと土日も返上で頑張ってきた。
一生懸命続けていたのに、道理の通らない上司が突然会議でプロジェクトを一蹴した日。
先輩の顔を見ずとも、
私と同じく間違いなく目がとがっているだろうと思った。
会議室を出た瞬間に、先輩と私は目が合った。
目で意思の疎通が出来たと感じた。
「お前、夜空いてる?」
目が座った先輩の問いかけ。
「会社裏の焼き鳥屋はどうでしょうか?」
目が座った私が答える。
先輩は表情を変えないまま、親指をただ立てた。
飲まなきゃやっていられるか!
「あんのくっそ部長ぐあああああっ!」
お酒を飲み始めて2時間を経過すると、もう二人そろって随分と壊れてきた。
「ありえねっす。ありゃあありえねっす。何ワケ解らんことほざいてるんでしょうね?」
「阿呆なのか、と。俺は阿呆なのかと言いたい!」
「阿呆なのでしょう! ええ、阿呆なのでしょう!」
会話がかみ合っているんだか、すれ違っているんだか
3時間を超え始めると、記憶も途切れ途切れで――
「でも、頑張ってましたよ。うちら、マジ、頑張ってたんで」
とか繰り返しながら、先輩の隣でふわふわと街中を歩いていたのは覚えている。
1人で何でもしなくちゃならない。
長女ってそういう教育を受けてきた。
お兄ちゃんは「長男だから」と色々と面倒を見て貰っていたけれど
長女だった私は、妹が出来た段階で
「お姉ちゃんだから面倒を見てあげなくちゃダメ」
に、なった。
お姉ちゃんなんだから、しっかりしなくちゃダメ。
そういう教育のもとで育ってきたせいか
人に頼るのは苦手で――
頑張り続けてきた結果、大半は自分でやったほうが早くて、他人に預けられるようなものはあまりなくて……
そんな私にも、会社で気になる先輩がいて。
今回、先輩と同じプロジェクトで、私がサポーターになった。
全力でサポートして、本当に役立っていこうと決心して。
残業したり、持ち帰れるものは持ち帰ったりして
先輩が仕事をしやすいように、完璧にこなしていこうと全力を尽くした。
睡眠時間は削れて
体調を崩しかけて
栄養ドリンクを喉に流し込んで
風邪薬を飲んで――
先輩との打ち合わせの時に、先輩は私の制作した資料を見てとても喜んでくれた。
「すごいなぁ! よくここまで資料作りこんだなぁ! 完璧! いや、それ以上だよ!」
嬉しかった。
先輩の役に立てて、嬉しかった。
「しかも、よくここの流れも把握されている。お前、俺が居なくてもこの仕事出来るんじゃないの?」
「そんなことないです。初経験ですし」
「この具合なら、サポートで一回流れを把握したら、充分だろ」
「そんなこと……」
熱で頭がクラクラする。
「お前ってホント、なんでも一人で出来そうだよな」
必死に頑張ってきたことが
なんだかすべて否定された気がした。
なんだか、転んでも手を差し伸べない宣言をされた気がして。
私が転んでも、誰も気が付いてくれない気がして。
30も超えてくると、女友達が減っていく――と思うのは私だけだろうか?
「同じ境遇を共にする仲間」というものを大切にしたがる女子にとって
結婚した者と
未婚の者とでは
気が付けば接点が途切れて
周りの友達が結婚した分、どんどんと友達が減っていくような
そんな感覚に陥る。
休みの日に会う友達も随分と減ってしまって
珍しく25歳の会社の後輩女子社員と見たい映画が一致。
その話で盛り上がって
久々の外出。
消してめちゃくちゃ仲の良い後輩でもなかったのだけど……
何で彼女と一緒に映画とか見に行くことになったのか解からないけど……
映画は実に面白かった。
映画を終えて、二人でコーヒーでもと喫茶店に入る。
「先輩と来られて良かったです。私、一人で映画見られないんで」
人懐っこく笑顔を見せるけれど……
「あなただったら一緒に映画を見る男の子たくさんいるんじゃないの?」
と、思っていた疑問をぶつける。
社内でも噂の絶えない、恋愛体質な子だと思っていたから。
「だって、今回の映画は男の人ちょっと苦手じゃないですか? 年を重ねた女性主人公にした恋愛映画だし、結構エグイ女性が描かれているじゃないですか? そういうの、男の人とは見ないほうがいいと思うんですよね」
――納得しました。
それから彼女はスマホを取り出し、スマホ画面の反射を鏡に使って
「やだぁ。髪がはねてる~」
彼氏が出来た。
お互いにいい年だし。
彼が最後の恋人になるのではないかとも思うけれど・・・
彼の趣味はカメラだという。
趣味があるのはいいことね。
と、思っていたのだけれど・・・
出掛けても、彼は
私じゃなくてカメラとばかり向き合っている。
私を撮影してくれるならまだ
ずっと景色とカメラばかりと向き合っている――
会社の男子先輩と飲みに行った。
直属の先輩で、色々面倒を見てくれているし
お世話になっている先輩でもある。
「飲みに行くか」
誘ってくれたのは、私が今日大きな失敗をしたからだと察した。
気遣ってくれていい人だ。
そのくらいに思っていた。
仕事が少し落ち着いた合間に
久々にゆっくりと息抜きに旅をしようと
車を走らせて、気ままに一泊旅行をすることにした。
ゆったりとした街並みを歩いて
ぼんやりと過ごす。
会社で気になる人が居る。
同じ部署だけれども、業務上の絡みは無くて。
ただ――いいなと思うだけ。
それだけで良いと思っているわけではないけれど
でも、それは私の精一杯で……
時々聞こえてくる彼と他の社員との会話で
彼の事をほんの少し、知る。
好きな映画はSFで
時々一人でも映画館に行く人で
休みの日はDVDを借りて見たりする人で
そんなある日――
彼が他の社員と話している会話が、また聞こえてきてしまった。
「総務部の新入社員、可愛いよな?」
「可愛いよなぁ。今度飲みに誘ってみようか?」
「来てくれるかな? 誰か総務のヤツ巻き込めばいいかな?」
噂の新入社員の話は、私も知っている。
なんだか……
最近、ジョギングをはじめた。
新陳代謝も落ちてきたし
健康維持もかねて、流行乗ってはじめたジョギングが
別段特筆する予定のない土日の恒例になった。
地元のジョギングコースは、色んな人が走っていて、
会話を交わすことは無いのだけれど、なんとなく顔は覚えていく。
軽く会釈をする程度で、会話を交わすことは無いのだけれど……
ふと
いつも一人で走っていた女性と
いつも一人で走っていた男性が
立ち話をはじめている光景を目の当たりにした。